Wow:tw:taipei1999:sinyi
出典: Tariki
sinyiのこと
その人物はsinyiとここではよんでおく。フルネームはもちろん覚えているのだが、同音異字を含めれば女の子の名前としてはよくあるようで (嫁の従姉妹も同音異字である)、こう表記しておけばプライバシーの問題はあるまい。と、実は漢字表記を忘れた(笑)。
彼女はネット友である。私が夏にこもる山、もとい外国を探していたとき、台湾に背中を押してくれた人物である。といっても私より一回り以上も下で、台北近郊の大学の日本語学科にいた。私が台北にいた時期は大学が夏休みで故郷の宜蘭に帰っていたので、一度も会わずじまいであった。
といっても、ネットでやりとりしていたときは、ほとんど日本語は使わなかった。彼女のPCの言語環境に問題があったかもしれない。それにしてもこちらは中国語 = 繁体字環境はろくになかったのだが、彼女は頭が良くて、中国語やbpmf(発音記号)表記が必要なときは、自分のPCのウィンドウキャプチャをビットマップでメールに添付して送ってきた。というあたりは工学部の学生も真っ青だが、さすがに語学系の学科にいるだけあって、英語が達者である。語彙だとかそういうことより、外国人とコミュニケートするのに物怖じしていない。したがってやり取りはすべて英語だった。
台湾出発前は押してくれたという程度だが、実は滞在中には非常にお世話になった。宿に戻って行ったところの報告をするといろいろ知識を授けてくれ、明日ここに行くというと見所を教えてくれた。何より、私が一番興味のある食い物の知識が豊富で、あれを喰えこれを喰わなきゃ、といろいろいってくる。
滞在中は主にメールのやり取りであったため、こういったことで彼女とのやり取りには (宿でビールなど飲みながら) 最低でも30分、平均して1時間くらい費やしていたような気がする。そのときのPCを使った仕事なぞどこへやら(笑)である。仕事も含めPCをいじったりネットに接続していただけで、一日1時間を超えていたため、宿の主人には恋人でもいるのかと疑われた。ちなみに市内通話は定額だったかめちゃくちゃ安い値段だったが、ホテルのメーターでカウントしてたためやや(というか2倍とかになっていたかもしれないが)高くて、それでも一日の電話代は日本円で数百円程度であった。
これだけよく食い物のことを知っているのだから、もしや恰幅の良い女性かもしれないと思うかもしれないが、実は(台湾に来る前に)写真はみて容姿は知っている。清楚でスレンダーなお嬢さんである。ふとしたことでネット上で知り合ったのだが、知り合ってすぐ、頼んでもいないのに、写真を送ってきた。自分がネカマでないという疑い(? 別にそんなこと思ってもいないし、ネット慣れしているこちらはすぐわかることだが) を晴らすための風習なのかもしれない(笑)。しょうがないからこっちの写真も送った。思えばいまの嫁の容姿も最初にみたのはネット経由の電子画像だった(似たような経緯で知り合ったのだが、まあそれは別の話だ)。
この滞在中は、トップにも書いたがさしてよろしくもないデジカメを持っていったので、一日200枚からの写真を撮った。それだけでもあきれられたが、食い物をすべて収録している、とメールしたら、さすがにびっくりされた。「考えてみてよ。日本で旅行しているとき喰うものすべて写真に撮っている人がいたら変じゃない?」といわれ、そのときはそりゃそうかとも思ったが、残念ながら原宿あたり行くとなんでこんなもの? と思うものをビデオに収めている外国人はよくいるし、さらに日本人同士でも最近は、美味しいもの・高級なレストラン・結婚式などで料理をいちいち撮影しているひとが私以外にもよくいるので、最近でこそあまり『変なひと』ではなくなってきた。
何より台湾では日本文化がどう受け取られているかについていろいろ教えてくれたのがその後、私が台湾を好きになる大きな要因になったと思う。彼女が専攻しているのも日本語であり日本文化に興味があるひとであったわけだが (程度はどうあれ、ある種の哈日族 = 日本びいき・日本ファンであると思う)、いきなりやり取りしたひとが日本嫌いとかであったら、こちらも悪い印象をもったまま台湾に滞在して、去って行ったかもしれない。
彼女には、滞在中に「台北に出てくることはないの?」ときいたが (旅行者の私の感覚では台北-宜蘭は大した距離でないように思えた)、そのときそれは面倒だったようで、結局会わなかった。
帰国後に嫁と知り合い、数年して結婚することになったころに、再度ネットで連絡したのが最後だったと思う。嫁と知り合う間接的なきっかけを作ってくれた人物だったので、台湾に行く機会に一度会って礼でもいおうか、と思ったのだが、そのときは恥ずかしがっているのか会ってくれなかった。
いま(2007年)ではもう社会人になって、出身学科から日本関係の仕事でもしているかもしれないし、もしかしたら結婚していたりお母さんになっているかもしれない。連絡先も分からなくなってしまったのだが、ちょっと会ってあのときの礼を言いたい気もする。
