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出典: Tariki

一杯のかけそば

台湾にいくと(そして世界各国のいろいろな国で)ちょっと違うのは、飲食店での持ち込みやシェアとか、そういった食べ方の暗黙のルールに関する感覚である。

たとえば、ある店でテイクアウトしたものをまた別の店に持ち込んで食べる。日本で、飲みかけのお茶のペットボトルをカレー屋に持ち込んだとする。店でがぶがぶ飲んだりするのはちょっとどうかなあ、という思う。あるいは、ケンタッキーでフライドチキンを買ってテイクアウトし、ラーメン屋でラーメン喰いながらおかずにそれをむしゃむしゃやっていたら、店の主人につまみ出されること請け合いである。

台湾では、どちらもOKだ。よく夜市でやるのは、ビールを置いていない店(屋台・小吃店)があるので、近くのコンビニでまず缶ビールをゲットする。座って食べたいような店をみつけたらそこのメニューをざっと見て、重複しないような食べたいものをいくつかの店でテイクアウト、最後に目をつけておいた店でいろいろ頼んで、持ち込んだものと一緒に食べる。持ち込んだものをその店で出しているわけじゃないから別によいのだ。店によっては親切に持ち込んだビールのために紙コップを出してくれたりする(笑)。客が座って食べていると看板にもなるらしい。

もっとも、その店で出しているメニューを他店でテイクアウトして食べたら(あるいはビールを売っている店に缶ビールを持ち込んだら)、それは失礼ということになる。直接的に売り上げが減るからだ。その辺は合理的である。

まあ西洋的(日本的?)感覚を一緒に輸入しているような、ファストフードの店などには、『請勿外帯』(持ち込み禁止)なる表示がある店もあることはある。日本も含め、店で食べていってよいというスペースを提供する限り、地価も値段のうち、ということなのだろう。うちが家賃を払っているスペースでよその食い物を喰わないでおくれ、ということなら、そちらもまた経済の原則にのっとっているわけで合理的ではある。

台湾で比較的当たり前にあるのが、喰い歩きをするときに複数のひとで一杯の麺や丼を分ける、ということである。一杯のかけそば、というやつである。台湾の麺は日本のラーメンよりずいぶん小さいが、それでもおやつ的に食べたいときなど一杯では多すぎる、という場合がある。日本円にしてたかだか200円とか程度の小鉢を分けるときでも、平気で箸二膳とか、取り分けの小鉢をくれとか、頼んでも別に恥ずかしくない。まあこれも、例えば一人一杯ずつ頼んどくれ、とか店の主人が言ったとして、んじゃいいや、そんなにお腹も空いてないし、と客に逃げられるよりは、一杯でも売り上げがあったほうがよいだろうから合理的である。

日本では『お通し』(まあこれはアルコールを頼むときだけだが)とか、なんとなく一人一杯は頼まないと悪いなあ、という習慣があるから、ある程度最低消費金額は保証されている。台湾ではも(またまた)いま風の店では『一人最低消費金額○○元で注文お願いします』とストレートに表示してあったりする(笑)。

これだけ比較すると、日本は喰い歩きに向いていないように思えるかもしれないが、それは習慣の違いというもである。イタリアでは『とりかえっこ』すなわち同行した数人で料理を一口ずつ交換して味見してみたり、というのは無作法だ、というはなしをきいたことがある。日本人からみて大皿である山盛りのパスタとかピザを、頼んだ人がひとりで責任持って喰う、他人の皿に手を出してはいけない、というルールである。実際にフィレンツェで『頑固親父の店』みたいなところで小皿を頼んだら、「何に使うんだ?」と皮肉を言われたことがある。見かねたボーイが小皿を出してくれたが(笑)、その親父後できいたら奥さんは日本人だった(笑)。日本の習慣を知らないはずがない。そういったイタリア主義を押し付けるのも店のサービスなのかもしれないが、観光旅行でその地の料理は3食くらいしか口にしないのだから、同行した数人でいろいろな料理を味見させてくれてもいいじゃん、と思った。ちなみにカプリ島のいかにも観光客慣れしたレストランでは、はじめから小皿に一人分ずつ綺麗に取り分けてくれたので、イタリア主義なレストランばかりでもないのだが。

はなしを元に戻すが、そういったわけで台湾は食い歩きには向いている。

ところが。一杯の麺をふつーにシェアして食べている台湾で、『一杯のかけそば』が流行った、というのである(爆笑)。もちろん日本のアレである。

台湾人は、このテの人情話・美談は大好きである。いったん美談的なエピソードがニュースになったりすると、繰り返し繰り返し(しかもどの局もどの新聞も)放送・報道されたりするくらいである。もちろん、日本では普通は店で一杯を何人かでシェアして喰ったりはしないという注釈がついたりとかはしていないと思うが、『3人で一杯では多すぎるから分ける』のではなく『貧乏だから一杯』だとかいうことは話のキーポイントとして一緒に翻訳されているだろう。また最後に『店の主人がそっと2杯出した』だか大盛りにしただかいう部分も涙をそそるポイントである。

だけどこの話をきいた台湾のひとが「え? 3人で一杯? それって普通じゃん。昨日俺もやったやった」とか言ってたりしたらやだよなあ、と思っ……それなら美談として流行らないか(笑)。