Tech:mp3:intro

出典: Tariki

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MP3で音楽

私と半導体音楽プレーヤとの付き合いは古い。初代のRioを使い始めたのが確か1998年ころだから、もう10年になる。その前にちょっとだけ(私の音楽人生に比べれば)使っていたMD (music disc)など、もはや懐かしい(笑)。

その当時は、『母艦で音楽をリッピングしてダウンロードして聴くのだ』というスタイルは、万人に理解されなかった。たとえやっていることは理解できるひとでも、どうしてCDで持っているのにあと二手間かけないといけないか、というところが問題であった。


MP3利用スタイル

長年でできた私のMP3利用スタイルはこうだ。

  1. CDを購入すると、とりあえず気に入った曲ができるまで(2~3回)はCDで聴く。
  2. 気に入った曲はリッピングを行なうが、ファイルが無印MP3になるようなソフトを使うことが肝要だ。
    また必ず128kbps以上のレートでリッピングしておく。
  3. できたファイルはおうちサーバの私しかアクセスできない領域にftpしておく。曲の整理はミュージシャンの名前ごとのディレクトリにしておく。曲名はファイル管理が基本。
  4. ヘビーローテーションの曲は手元のPCにまとめてダウンロードしておく。
  5. MP3プレーヤの収録曲に限りがある場合、PCから曲を入れ替えて使う。

まず1.は、買ったCDの全曲をリッピングする必要はない、ということだ。あとからお気に入りになったならそのときリッピングしなおせばよいし、私の所有全CDからすると、よく聴いている曲というのは全体の1/10にも満たない。ちなみにリッピングする曲は必ず買え。ミュージシャンがいかに不正コピーで貧乏暮らしをしているかは一般人(まったくクリエイティブでない仕事をしてより金を得ているサラリーマンや親のすねかじりの学生)には想像もつかないだろうし、レンタルCDのリッピングやファイル交換などで正規の金を払わず音楽を聴こうという文化泥棒は人間として認めない。人権剥奪の上、市んでほしい。

2.は、特定のホストPCと結びついた『著作権管理もどき』をうたっているソフトは使ってはならないということである。したがってそれしか使えないハードも購入段階で避けるべきである。ちなみにこの『著作権管理もどき』は権利者の権利を保障しない、ハードやソフトのメーカが批判をかわすために考えた方法で、レンタルCDの泥棒リッピングは許すくせに、自分で購入したCDでは、ホストPCがお釈迦になったら、リッピングを全部やり直さなければならないという極悪な方式である。また無印MP3が聴けないプレーヤではラジオサーバで録音した語学講座も聴けないし(これも使う権利は保障されている。ラジオのタイマ録音と同じだ)、UNIX等のフリーソフトでリッピングもできない。

データレートは高くないと、将来音質に不満が出たときリッピングしなおすことになる。ピアノソロやボーカルなど情報量が大きくないのはあまり問題ないが、一番問題なのは『歪み系』の情報量が多い楽曲である。ジャズなどシンバルが多用されている場合、経験的に128kbps以下ではエンコード→デコードするとシンバルの音色に変な色がついてしまう。192kbpsならまあいいかな、256kbpsなら問題なし、というところだ。

3.、4.、5. あたりは、曲の整理方法と、MP3プレーヤへのダウンロードの手間・プレーヤのメモリ容量あたりからきている。

まずどんな環境(OSやソフトによらず)でも管理を容易にするためには、曲はファイル名で管理するというポリシは必要である。ID3タグなどを使うと専用ソフトが必要になって面倒だ (UNIXのシェルやWindowsのエクスプローラで容易に整理できない)。原則として曲名はフルスペルで(入力が面倒でも)、アルファベット小文字だけで、というのがよい。日本語・中国語を使うと障害が起きる母艦OSやプレーヤもある (日本語はヘボン式ローマ字で、中国語はマンダリンのピンインにしている)。またスペースも『_』(アンダースコア)にしておいたほうがよい。

ちなみにファイルブラウザ上で同じアルバム上の曲が整列するように、アルバム名略称と数字を付けることもある(『Key of Life』の一枚目5曲目なら『kl15sir_duke.mp3』とか)。これは同一ミュージシャンでアレンジやレコーディングを換えてベスト版に収録した場合なども整理に役立つ。コンセプトアルバムで音が切れずに次の曲に入るような場合、整列は必須である。

問題は同名の曲があった場合である。『i_love_you.mp3』とか『saigono_kiss.mp3』なんてのは複数ある(笑)。これはミュージシャンでディレクトリを分ければ問題ない。ミュージシャンでディレクトリを分けると問題なのは、レコード屋の配列でも問題になるが『姓→名』なのか『名→姓』なのか、グループが解散してソロになったら別に分けるか(Donald FagenのアルバムにはWalter Beckerも参加しているが? (笑))、ミュージシャンが名前を変えたらどうするか(荒井由美と松任谷由美とかプリンスとか(笑))、などであるが、まあ覚えていられる範囲で適当にする (曲名がしっかりしたポリシになっていればファイルの検索も使えるし)。

MP3プレーヤのダウンロード速度・メモリ容量は最近では劇的に改善されているのであまり問題とならない。初期のプレーヤではダウンロードがRS-232C経由で5分の曲のダウンロードに5分、とかいうこともあったし、20曲くらいしか収録できる容量がなければ、入れ替えて使うことも頻繁にあった。

なおきちんとしたUNIXのftpサーバに保存しておくのは(『ぱそこん』ではなく)やはり便利である。バックアップも適当に取っているので最終保存場所として安心だし、手元の一時保存PCに聴きたい曲がなければ出張先とかからもダウンロードできるし、(実現はしていないが)例えば無線LAN接続のFreeBSDの専用クライアントを用意すれば、ちょちょっとシェルスクリプトを書くだけで『お気に入りの曲ジュークボックス』ができるかな、なんていうことも考えられる。


MP3プレーヤの歴史

現在はApple社のiPodが、そのハードを含む戦略で有名になっている。こどもの中には携帯用プレーヤがiPodしかないと思い込んでいるひともいるくらいだから、ある意味成功しているのだろう。しかしこうなるまでには、てきとーな戦い(笑)があったことを忘れてはならない(AV watchのRio撤退のニュースあたりに詳しい)。

まず私の初代機であるmpman初代のころ(1990年代末)は、MP3プレーヤを取り巻く環境は比較的ゆるかった。MP3をPCで聴く文化は普通にあったが(それも問題化するかどうかというころである)、リッピングソフトがハードに添付されていたとしても、それはハード専用ということではなく、リッパをもっていないひとのための配慮であった。

文化泥棒どもが音楽を不正利用しはじめると、いきなりこの環境は厳しくなった(2000年代初頭)。日本の一流とされる(東証に上場しているような)電気メーカではMP3プレーヤの製造をやめ、音楽プレーヤ全体としてもAACなどの著作権管理を前提とした方式のみOK、というようなプレーヤに製造を切り替えた。たしかこのころの国産プレーヤを何か購入したような覚えがあるのだが、よく覚えていない(笑)。いずれにせよ上記のスタイルでは使い物にならなかったのだろう。

この時期も台湾・韓国製のプレーヤ (無印MP3ファイルが聴けるもの)は出回っていた。韓国、そして台湾や香港は(中国大陸よりまともとはいえ)著作権にはうるさくない。ありていにいって、権利者の権利よりは使用者の便のほうをとるような国柄だ。つまり無印MP3ファイルが聴けるグレーな製品は、日本では×、これらの国ではOKだ。私はよく台湾に行くのでその動向をみていたが、Rioを2代使いつぶした後はWindows CE機のPDAを長らく(2006年ころまで)使っていたので、実はこれらの『あやしい』単体機はそれほど使ったことがない。

2005年ころになると環境はよくなってくる。ひとつには取締りが厳しくなった、ということがあるのだろう。JASRAC (彼らのやり方がよいかどうかは別として) が不正利用者に通告を送り始めたり、ファイル交換などで不正入手して利用している者に実刑がつきはじめたりして、(地下はともかく)表向きの不正利用は減ってきた気がする。

その機に乗じて、海外製MP3プレーヤの『正規の』日本国内販売がまた復活してきた。つまりビックカメラなどで無印MP3ファイルを再生できる単体機が購入できるようなったのはなんと5年ぶりくらいである。そしてなんといってもAppleがiPodを売り出し、表向きは新しいビジネスモデルで音楽を売り始めたことが大きい。iPodのおまけのリッパであるiTunesは無印MP3が作れるらしいし(? 使ったことないので知らないが)、これに追随するように、Windows Media Playerも無印MP3を作れるようになった(こちらのMP3エンコードエンジンは音が良いのでいまよく利用している)。

私個人でも、Windows CE系列はやめたので単体機のプレーヤをまた欲しくなったので音が良く多機能なSIGNEOを購入した (PDAならSymbianの携帯電話もあるが、所詮携帯電話の音質で音がよくない上、電話をかけたいときに電池がなかったら本末転倒であるからこれは分けたほうが良い)。


おまけ

Appleのおかげで、印付きMP3ファイルを有料販売、というビジネスモデルは有名になった。しかしこれってどうなんだろう。CD購入して自分でリッピングしたほうがよかないか? データはなくなったらはいそれまでよ、だし(元本があればデータは作れる)、一度データをダウンロードしたPCが吹っ飛んだらそれまでではないか(私みたいにバックアップを取りつつ10年以上も後生大事にMP3ファイルを使い続けているひとはそう多くないだろう)。まして携帯電話に直接ダウンロードした場合など、PCよりも買い換えたり壊したりしやすい。

いずれにしてもデータ買いなおしである。買いなおさなくても良い程度の音楽(例えば10年後には聴かない音楽) を次々に消費しているのがいまの『音楽』文化なのか、それともそうやって2度・3度同じものを買わせることも権利者の暮らしの支えになっているのか。

ひとのことは知ったこっちゃないが、最近香港で買ったCDに面白い『権利』が付いていた。

台湾や香港のCDはやたら豪華である。CDそのものの海賊版が多く出回っている (国内にはあまりないが、中国大陸にコピーされる)ため、いわゆる『5インチ角のプラケースに入った光る円盤』そのものの価値はあまりないのかもしれない。ジャケットは巨大で、飾るのには良いがCDラックに収納するのに困る。巨大ポスターやおまけDVD、さらにアルバムコンセプトに沿った冊子やらおもちゃやらがやたら大量にシュリンクラップに包まれている(笑)。これらはコピーではついてこないわけで、そのアーティストが好きなら金を出す根拠になるだろう。MP3は音楽そのものに金を出すわけで、いわばMP3と逆の現物志向である。

話を元に戻すと、購入したのは梁詠琪のベスト版 (『女色 新曲 + 精選』)である。付いていたのは紙切れ1枚なのだが、購入したCD (2枚組35曲入り(笑)) の各MP3ファイルがダウンロードできる暗証番号(?)であった。CD買ったんだからリッピングは自分ですれば、とも思えるが、これってPCを持っていないひとでも直接、携帯電話とかPDAとかリッピングできない装置に直接ダウンロードして使えるわけである。

コピーでは手に入らない現物が豪華で (私は別に梁詠琪の写真集つき巨大歌詞カードは不要だが(笑))、さらにMP3プレーヤで聴く権利も付いてくる。このビジネスモデルはiPodのそれなどよりよっぽど、CDそのもの(『音楽』ではなく)を売る機会を保障しているようにみえる。