Tech:1st
出典: Tariki
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初代携帯電話: (機種名失念・IDO) とかげに喰われた携帯電話 (PDA機能なし)
この項は非常に記憶がいい加減である。該当する機種をwebで探してみても見つからないし (キャリアもIDOであったと思うが確証もない)、いろいろと固有名詞が不明である。
ただし、この項で述べるIDOもその後auになり、最後にはDDIに吸収されてKDDと合併して(順番は適当)現行はKDDIとなっている。他に私が使っていたPHSのアステルもサービス終了してしまったし(事業会社はどうなったのだろう)、J-PHONEもvodafoneになったかと思ったら雑誌屋Softbankに吸収されてしまった。いやはや。
というわけで防備録に近いこの項目であるが。
携帯電話との出会い
ちょうどこの機種(不便だから以後『1号』と呼ぼうか)に出会ったのは、就職した年であったと思う。学生から社会人になって金が自由に使えるようになったから、ということもあるが、実はこの機種、激安販売の携帯電話の走りだったのだ。
それ以前からの自動車電話が、乱立する(といっても携帯ではNTT DoCoMo、IDO、J-PHOEの3社だが)キャリアによって低価格化したのはいつのことか知らない。ただし、この'94年のちょっと前から、携帯電話というのがなんとか庶民に手が届く存在になってはいた。とはいえまあ、7、8万くらいだったかも知れぬ(今の携帯電話の価格と変わらないかもしれない)。
それをぶち壊したのが『1号』である。この機種は、おそらくキャリアから製造メーカのキックバック(インセンティブ)で『見た目に安く』販売するモデルとなったのではないだろうか。確か、新宿西口のヨドバシカメラまで買いに行った覚えがあるのだが、新規契約込みで1万とか3万とか(このビジネスモデルでは新規だから安いのだが)、まあ新社会人が出しても惜しくない金額だったと思う。
以後、この日本特有の(最近では海外でも日本の真似をしているようだが)ビジネスモデルは、携帯電話の発展を阻害することになるのだが (加入電話のように番号が固着しない)、私も最初乗ってしまったことの反省として、以後はキャリアを意地でも変えないようにしている。その結果がまあ、3社(PHSのアステルは潰れて2社)の携帯電話(PHS)を持つことになったりするわけだが。この1994年に取った電話番号『030-』はその後キャリア番号が増えて『0903-』に変化したが、日本で最初に携帯電話を使い始めた何百万人かに与えられた誇りの番号であった(それまた番号不足による使いまわしで、しばらくして新規加入者に『0903-』が与えられるようになったときいてがっかりしたが)。
またうれしいこととしては、しばらくぶりで『0903-』の番号に掛かってきた昔の知人に言われたことがある。携帯電話の番号は定着しないのが普通である中で、数年ぶりにかけて連絡取れたときはうれしかったよ、と。うちの実家などはNTTの固定電話番号をかれこれ40年以上使っているが、携帯電話の番号もこうなってこそはじめて『信頼できるメディア』になるのではないか。そういう意味ではナンバーポータブルというのはよい傾向である。
電池がもたない
またこの当時の『1号』のアーキテクチャは特筆に価する。
まずはその重さと大きさだ。たしか重さは(私は『1号』を使っていたので、カタログスペックの重さの項目には敏感だ)、150gを超えていたと思う。これでせいぜい、ついていたのはリダイアル機能くらいだったか(電話帳もあったかどうか定かではない)。
またバッテリーは、ガム型電池(ウォークマンの)を4本、6V (Ni-Cdだから4.8Vかな) というものであった。これにて電池のもちは、8時間とか12時間くらいだったからおそれいる(笑)。逆に言えば今の携帯電話のテクノロジはすごくて、どうして出力もそこそこのSS無線ラジオをONにして待ち受けなりをしながら1000mAh程度の電池が数百時間とかもつのか(3mAっつったらあーた、LEDをつけっぱなしだって10mA位の消費電力ですよ)、まるで自家発電でもしているのではないかと思える (ってか3mAならまじで太陽電池でカバーできそうだけど)。
確かこのちょっと後に、飛行機がハイジャック(地上だからロージャックか)されたけど、数十時間の持久戦の後、機内から携帯電話で犯人の目を盗んで乗客が様子をSMATに伝え、見事突入に成功した、という事件があった。『1号』なら早々に電池がなくなって助かるものも助からねーかな、などと思った覚えがある。
1号との別れ
実はこのように印象深い『1号』であるが、買って1年かそこらで落としてしまった。出張の帰りに大宰府でお寺をみていたときである。
うららかに寺の縁側で日向ぼっこしていると、苔の上にニホントカゲが出てきて目を丸くしてうっとりしている(この当時は何匹か爬虫類も飼っていたし、ニホントカゲは大好きな種である)。眺めて写真など撮って、しばらくまたーりしてから博多に帰った。
この直前まで『1号』はもっていたし、直後(博多に戻ってから)なくなっていることは気づいたので、大宰府でなくしたことは間違いないのだが、直後に寺や警察に届けてみても、ついぞ出てこなかった。そこで帰ってから(もう携帯中毒になっていたわけだ)すぐに『2号』に買い換えた、というわけである。
この寺には最近、10年ぶりくらいに行ってみた。相変わらず苔は美しく、なんとニホントカゲが目を丸くして日向ぼっこをしていたところまで同じであった(もちろんニホントカゲの寿命からして10年前に見た個体の子孫だろうが)。おい、10年前に拾った俺の携帯電話返してくれよ、と話しかけたら、そそくさともぐっていってしまった。彼らの巣に、先祖代々伝わる私の『1号』があって、ニホントカゲが電話していたりしたら可笑しい。
