Ev:lasuperrhythm

出典: Tariki

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Chasin' Sanborn/L. A. Super Rhythm

最近、このCDのタイトル曲をMP3化して携帯音楽プレーヤで聴いた。実はこの曲は私の高校時代の音楽生活にちょっと、いや、かなり関わりのある曲である。聴くたびにある種の感情を呼び起こされる曲、というやつだ。

このCDは日本版では『L. A. スーパーリズム』というバンドの『チェイシン・サンボーン』というタイトルになっているが、オリジナルは(ジャケットから)『Victor Feldman's Generation Band』というバンドの『Call of the Wild』ということらしい。

Victor Feldmanは名前くらい聴いたことがあるキーボーディストではあるが、その息子であるTrevor Feldman (drs) と組んで、ゲストにNathan East (bs)、Tom Scott (sax)など泣く子も黙る有名ミュージシャンを加えて作ったアルバムらしい。しかしその後このバンドは一発屋だったのか(要するに息子と演りたかっただけなのか)名前もとんときかないし、実はCDを入手した10年位前(1990年代)に既に絶版になっていて、中古をどこかで探して買ったのであった。

X君とカセットボーイ

高校のとき、なけなしの小遣いをためて携帯用カセットプレイヤーを買った。AIWAのカセットボーという奴である。そのときは元祖SONYのウォークマンのデビューからかれこれ3年くらい経っていたはずであるから、既にカセットプレイヤーのバリエーションは豊富だったと思うが、ほとんどカセットケースの外形くらいのコンパクトな面寸法(厚さは倍くらいあった)なのにオートリバースで、何よりもオーディオが趣味だった高校生の私には録音もできるすぐれものだというのがポイントであった(このタイプで録音できる機種はこれくらいだったと思う)。しかしAIWAというのは貧乏人のSONY、というイメージのブランドで、実際、後日吸収合併され子会社になる。私は不必要に高いブランドは嫌いで質実剛健のAIWAが気に入っていたから大満足で購入したのであるが。

しかしこれを毎日学校に持っていって聴いていたある日、クラスのX君に貸したら、確か体育の時間など教室に誰もいない時間だったと記憶するが、盗まれたという。もちろん私はX君を疑った。盗まれたことにして自分のものにしたのではないかと。経緯はよく覚えていないが、結局私が泣き寝入りしておしまいだったと思う。ちなみにその高校はのんびりした善良な生徒ばかりの高校であり、そこで盗難事件があったというだけでもショックだったが、私のハイテクガジェット人生初の紛失・盗難・落下水没系の事故であった。

そこで諦めないのが現在の私の物欲につながっていると思うのだが(笑)、そのとき大事にしていたあるものを売って、なんと2台目を買ったのだ。同じものを買ったのではバカみたいなので、FM/AMラジオチューナが付いた(その分カセットケースを3cmくらい横に長くしたような大きめのサイズの)上位モデルだった。

L. A. スーパーリズムに戻るが、このとき(1台目だったか2台目だったか)カセットプレイヤーの試聴用デモについていたのが『チェイシン・サンボーン』である。1曲だけ入って(いまみてみると4分59秒だから)5分テープであった。

2台目のプレイヤーはその後、大学に入ってCDプレイヤーを買うまで使っていたと思う。実によく使い倒した。私の多感な時期の音楽ライフに密着した再生装置であったといってよいと思う。デモテープはどこかにいってしまったが、これも結構繰り返し聴いていて、L. A. スーパーリズムとチェイシン・サンボーンというタイトルは覚えていた。

CDで再購入

時は流れて(それから15年くらい経ったことになる)、ネットでこのタイトルの楽曲を検索してみた。そのときに冒頭に書いたとおり、既に廃盤になっていて、中古でなんとか手に入ったということになる。

しかし買って聴いてみて、「あれ? このバージョンのテイクではないな」と思った。バンドが違うのではないかとすら思った。しかし誰も知らないような無名曲、そんなにカバーがあるわけがない。AIWAがプレイヤーを発売するに当たって無名曲のコピーを誰かに頼んだのかな、と思っていた。CDはそれきりしまいこんでいた。

ところが最近になって(2003年ころ)、このCDを引っ張り出して聴いて、「あれ? やっぱりこれが高校時代聴いたあの曲だ」と思った。なぜそう思ったのかはわからないが、というよりなぜ10年位前にCDを買った時に同一だと思わなかったのかが不思議だ。

おそらく、カセットテープ特有のひずみや周波数特性が、この曲のある部分を強調したりマスクしたりして、異なる印象に聴かせていたのだろう。CDで後から昔より良い音源が手に入るのも幸せだが(実際CDで買いなおして印象が変わったアルバムは多数あるが)、音楽を聴くという行為は (音を聞くではなく)、このようにテクニカルには『悪い』信号も含めて受容するという行為なのだな、と思ってしまう。

実は(先に超有名と書いたが)高校生のときは、リアルタイムではNathan EastもTom Scottも知らなかったし、その後たとえばTom Scottのサックスの音色とかNathan Eastのベースのノリにはおなじみになったはずなのに、それ以前から実はおなじみだったのだから、それも不思議な気がする。

またこの曲のタイトルも不思議だ。SanbornというのはDavid Sanbornのことだろう。この時代に既に有名だったDavid Sanbornを追いかけて、ということかとも思ったが、Tom Scottだって有名だし、彼らは先輩後輩ではなく同世代のはずである。

イントロのスローにワウが開いて閉じるシンセサウンド、印象に残るテーマをTom Scottの甲高いが心地よいサックスとファズの効いたギターで掛け合い、小気味よいキーボードやギターのカッティングが支え、リズム隊が軽快にしかしテクを見せ付けながら進行する。いかにもこれが'80年代のフュージョンです、というようなサウンドである。カリフォルニアの青空の下で能天気にトロピカルドリンク (ただしこの曲を聴くときは時計は高校生で止まるから、ノンアルコールだ) でも飲みながら日光浴しながら聴きたい、そんな曲である。

X君とのその後と携帯用音楽プレイヤーの進化

ところでX君の疑いについてだが、いまは私はX君のことは疑っていない。

その後奇しくも、彼は同じ予備校で、同じ大学に進学した。地方から首都圏の同じ大学に進学したのは(学科は違うとはいえ)かなりレアなことであったし、無論そのクラスからは私とX君二人だけであった。その後もたびたび彼とは学内で顔を合わせたが、私の側には前記の事件のわだかまりがあって、あまり親しくする気にはなれなかった。

彼は高校時代から音楽をやっていて(確か軽音でギターだったと思う)、私はジャズ研に入ってドラムを始めたので、音楽に関する会話をしたのだけは覚えている。私は高校からの流れでフュージョン系が好きだったので、彼いわくよくそんな複雑な音楽ができるな、みたいな会話であった。

いま思うと、大学生活で彼が私に接してきた態度からして、盗まれたことにして彼が盗んだのではないことは絶対に確かである。しかし、盗まれた、と告白してきたときの彼の態度からして、もしかして誰か同級生を何らかの理由でかばっていたのではないかとも思える。

ただし真相は闇の中である。大学三年のときだったか、X君は事故で亡くなってしまった。

という毒にも薬にもならない音楽に自分のパーソナルな思い出が結びついて、聴くたび複雑な心境になる曲なのだ。さらにそれをいま、MP3化して大人買いした携帯用音楽プレイヤーで聴いている。当時のカセットボーイとそれほど変わらない値段ではるかに良い音質である (相対的に相当なコストダウンである)。いまの高校生がなけなしの小遣いをためてプレイヤーを買ったとして、こういう音楽を聴いて、またソフト(音楽)やハード(プレイヤー)を大事にしているんだろうか、また25年後に聴いて音楽に聴くときに伴うある種の感情を呼び起こされるんだろうか、とも思う。

P. S.

これを書くに当たってちょっと調べてみたら、V. Feldmanはスティーリー・ダンのアルバムなどに参加していた(そこで知っていたのだ)。私の父と同じ1934年の生まれだ。そして既に亡くなっている。1987年、X君が亡くなったのと同じ年だった。