Ev:fullmoon

出典: Tariki

Full Moon

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  • (mixi review: 2006/ 8/25) ★★★★★
  • Michael Light (edit)
  • 出版社: Jonathan Cape; Compact Ed版 (2002/10/24)
  • 言語: 英語, 英語
  • ISBN-10: 0224063049
  • ISBN-13: 978-0224063043
  • ハードカバー: 232ページ
  • 発売日: 2002/10/24
  • 商品の寸法: 21.4 x 21.2 x 3 cm

この本の写真の撮影者には写真家やカメラマンという肩書きのひとは一人もいない (強いていうと編者のMichael Lightは写真家かもしれない)。にもかかわらず、生涯私が目にした中で5本の指に入るといえる写真集である。

本書は、NASAがApollo計画で蓄積した膨大なフィルムを、現代の技術で再スキャンしレタッチして構成したものである。したがって撮影された写真も科学・技術のための記録用写真であり、Michael Lightもノートでなるべく手を加えないようにした、というコメントを記している。修正箇所はすべて特記しているくらいであるが、それも全百数十枚の写真で数箇所である (ただし色については、Lightが宇宙にいっていないので主観的にならざるを得ないということである)。

宇宙船内のブレは激しい打ち上げの模様をものがたり、三日地球を覆うレンズのフレアはファンタジックであるが、これらはつくろうとしてできたものではなく、単なる科学技術の記録用写真 (おそらく失敗) なのである。これらはスキャンとフォトレタッチの力で、まるで昨日そこにあったかのようなリアリティで写真集を開くと目の前に迫ってくる。

用いられているカメラもほとんどがCarl Zeissのレンズを装着したHasselbladの中判である。ポートレートカメラなどとして『げーじつ写真家』御用達、という機材なのであるが、考えてみれば科学技術記録用としてZeissの機材は開発されているのである。

いまさら確認する必要もないことだが、技術とリアリティを追求するとそこにやっと芸術が生まれる (アート = 技術であり芸術である)、という事実を再確認させてくれる。土門拳が提唱したのが絶対リアリズムだとすれば、本書の写真は超ウルトラスーパーキング絶対リアリズムくらいなのである。

私は常々、よい写真を撮れるということは、3割の技術と7割の『運』であると思っている。3割の内訳の1割くらいは、露出の決定やピントあわせというつまらない技術であり (したがって全自動カメラでは不要だ)、2割くらいは撮影後の処理(プリント)やよい写真を選び出す技術である。あとの7割というのはとにかく、よい被写体と出会って適切なフレーミングで適切な瞬間を切り取る『運』である。

ただし一流の写真家をはじめとして、この『運』を常に掴んでくるひとというのがいる。よい被写体に巡り合うのは間違いなく運なのだが、『運』を掴むためにはこれまた技術が必要だということだ。それは例えば、30年間足しげくひとつの被写体を追ったり (諦めずに追うという技術である)、適切な瞬間が到来したら既にフレームもピントも露出も決定されているということ(それを逃さない技術だ) だったり、しつこく何枚も撮ること (やめない技術だ) だったりする。この意味では『運』は日本語の運という単語より、serendipity (良運に巡り合う能力) ということばが近いかもしれない。このことから、よい写真は10割ぜんぶ、よい技術によってのみ撮られるといえる。

この意味で、他のひとが絶対に真似できない被写体を得たというこの、職業カメラマンではないカメラマン達は、最高のカメラマンであり、本書は類似するものがない唯一絶対の写真集であるといえる。数兆円のお金を投じて唯一絶対の写真集を撮りに出かけた(笑)のは誰か といえば、まず本書には32人がクレジットされている。被写体またはカメラマンの名前だろう。ちなみに月面に降り立ったのは人類史上12人しかおらず、月周回軌道まで行ったのも21人しかいないはずだが、Apollo計画の予備段階になったGemini計画で人類初の宇宙遊泳を果たしたEd White (アポロ1号の事故で地上で亡くなった) などの名前も含まれている。象徴的なのは、本書の大半の写真はApollo計画の写真で占められているが、数少ないGemini計画の写真はこの宇宙遊泳時関連の写真であることだ。

さらに背後には、数万人の関係者がいることも忘れてはならない。ロケット工学、軌道計算から宇宙飛行士に提供する宇宙服、椅子やボタン・スイッチの設計、食料に至るまで関わったいずれのひとかがいなければこの写真集は存在しなかったことになる。その意味では人類がつくった写真集の中でもっとも人・金がかかっているものかもしれない。

さて、本書が超ウルトラスーパーキング絶対リアリズムにも関わらず、みるひとの感情を喚起するのは、レタッチャーおよび編者であるMichael Lightの力が大きい。本書で選び抜かれた写真、そしてその並びは、冒険への出発、未知なる月への期待、荒涼とした神の世界、地球への帰還と安堵の物語になっている。実はコメントを読めば、複数の打ち上げから選ばれた写真であり、さらに帰還の写真を往路の物語に使っている (いやだれも往路だとはいってないけどさ)、など構成の妙であり、架空の冒険旅行を構成している。

本書で宇宙船の内部もリアルにみることができるが、間違いなく1970年代の特注機材である。手間隙はかかっているが明らかに量産の工業製品ではない質感がある。人類はこの時代にこの技術で月に行くことができたんだなあ、と思い出させてくれる記録がここにある。