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出典: Tariki

逃げていく詩

最近よく行く温泉(スーパー銭湯というやつだ)でサウナに入る。200円余計に払えばタオル、バスタオルを貸してくれ、その代金ということでサウナに入る権利が得られる、というシステムである。

そこでよく、昭和の歌謡曲がかかっている。

先日は、フィンガー5の『恋のテレフォンナンバー7600』がかかっていた。妙子ちゃん可愛かったっけなあ (確か年上だっけ)。いま聴いても歌が上手い。いや、70年代アイドルってそのサウナで聴いていても、びっくりするくらい歌が下手なのである。その中で歌が上手いちびっ子。沖縄出身だっけ。

商売としてもすごい。当時は知る由もなかったが、その十数年後マイケルやらジャーメインやらから遡り、ジャクソン5がオリジナルであると知ったとき、笑ったものである。

そういえばハワイに行ったとき

『ナイトショーに出演する踊れる5人組兄弟募集』

なる求人広告を新聞にみつけたので、いまでも二番煎じビジネスは活きている、ということか。

しかし作詞家は誰だろう、と気になった。

> 明日は卒業式だから
> これが最後のチャンスだよ
> 震える指をおさえつつ
> 僕はダイヤル回したよ
(『恋のダイヤル6700』フィンガー5・1973年)

作詞家が30過ぎだったとして、そんな体験は15年以上前のものである。ダイヤル回す、あたりが昭和なのだが、私が30だったときにこんなにリアルに、中学校なり高校なりのあの世代特有の感情を文字にできただろうか。

そうこうして先日、阿久悠が亡くなった。

もちろん昭和の大作詞家であるから、作品リストが新聞の一面トップに掲載される。それを読んで息を呑んだ。

もちろん新聞の表は代表作ばかりであるが、おおよそすべての出だしなりサビなりを歌えてしまうのである。私は日本の歌謡曲には薄情な人間(特に1980年ころ以降)であるが、まあ人並みにヒット曲は耳にし、歌謡番組は観、という程度であった。それでほとんどすべての曲がそらで歌えるのだから、いかに昭和の日本人が阿久悠作品のお世話になっていたことか。

いっておくがこの項、詩本体の引用はすべてそらで書いている(ので表記の違い・改行などご容赦)。むしろタイトル・歌手・年を確認するため後から検索してしまった。

詩の評論などしたことはないが、阿久悠の詩はすごいことはわかる。どういう点がすごいか。ちょっと書いてみたくなった。

『よい写真』の定義というのをきいたことがある(確か土門拳)。よい写真は、ある特殊な一例であるところの、実在する空間・瞬間を切り取って、そこに鑑賞者なら誰でも「あああるよね」と思わせ共鳴させるという普遍性があること、という定義である(たしか)。

前記の『6700』も阿久悠の作品である。卒業式のときまで告白できないフラストレーション というのは、普遍的なものだと思うが(よくわからないが。私には身に覚えがある。それも複数回(笑))、それを6700番 (局番は不明)という特定の電話番号の家に住んでいる女の子が好き、という、めちゃくちゃ特殊な一例に置き換えて、誰もを共鳴させてしまう。写真なら、木村伊兵衛の『秋田おばこ』、ユージン・スミスの『楽園へのあゆみ』くらい良い写真である。

> 嫁に来ないかぼくのところへ
> 桜色した君がほしいよ
(『嫁に来ないか』新沼謙治・1976年)

嫁不足の田舎の農村の心優しいあんちゃんから素朴な美少女へのプロポーズというシチュエーションである。誰もが自分が知っている、素朴な女の子(ほっぺピンク限定)に置き換えてこの歌を聴く。

次に、阿久悠は『成り切り』がすごかったのではないかと、いくつかの歌詞をみて思える。 自分が創るべき歌詞の世界に浸る。もちろんそれには綿密な取材や緻密な推敲も必要だろうが、想像力が天下一品だったのではないか。

というか、例えば思春期の女の子の慕情を書かせたらぴか一だが、演歌はちょっとね、という得手・不得手が作詞家にはあると思うのだが、件の作品リストがあまりにも多分野に渡っているのですごいと思った。

> 北へ帰る夜行列車降りたときから
> 青森駅は雪の中
(『北の宿から』都はるみ・1975年)

寒そうである。音も雪が吸収して静かそうである。鉛色の日本海である。ド演歌である。この歌詞を書いたのは何月か知らないが、お前は詩を書くために青森駅に行ったのか、と思わせる。

> 二人でドアを閉めて
> 二人で名前消して
(『また逢う日まで』尾崎紀世彦・1971年)

これは難しい。多分、同棲していて分かれて両方が同時に出て行くとき、最後の共同作業ということで戸締りや表札の始末をしているのだろう。

> 壁際に寝返り打って背中で聴いている
> やっぱりお前は出て行くんだな
> 悪いことばかりじゃないと思い出かき集め
> かばんに詰め込む気配がしてる
(『勝手にしやがれ』沢田研二・1977年)

ハンフリー・ボガードの世界にあこがれるけど、ややひょろっとしたヤサ男が格好つけようとしているけど、どうしても未練が、というシチュエーションである。

上記2つなどは、阿久悠がどんな青春時代を送ったのか知らないのだが、青森駅に行けばまあ見られるだろう、というような取材→体験ベースの実話であったら、阿久悠の人生は何百年あっても足りないはずである。

ちなみにこの歌詞はすごいと、聴いていた子供の当時から思っていた。私の日本の歌謡曲ベスト5に入る歌詞である。背中で聴いたり、思い出をかき集めてかばんに詰める のである。これはもう、最短の文字列で2時間のストーリのある映画のような動画を再生させる、言葉の圧縮アーカイブとしか言いようがない。

阿久悠の『成り切り』は、異常(笑)というより絶対あり得ないシチュエーションで最大に発揮される。

> 地球の男に飽きたところよ
(『UFO』ピンクレディー・1977年)

恋愛のびびびと来る感じを宇宙人のテレパシーになぞらえた、やぁ工夫はしてるけど陳腐な歌詞じゃないか、と思っていると、〆のフレーズがこれである。どんな青春時代を送ろうと、地球外生命体と恋愛したことがあるひとは稀だろう。

さらにさらに、これが阿久悠作だなどとは(亡くなるまで)思ってもいなかったが

> さらば地球よ旅行く船は宇宙戦艦ヤマト
> 銀河を離れイスカンダルへ運命背負い今飛び立つ
> 必ずここへ戻ってくると手を振る人に笑顔で答え
(『宇宙戦艦ヤマト』ささきいさお・1974年)

あの、みてきたんですか(笑)。

っつか、これは昭和の男の子なら常識であるストーリー(もちろん阿久悠の詩もこの特殊なシチュエーションを常識化した一助を担っている)、『地球が滅びるので(なんでやねん?) イスカンダル(どこそれ?)にコスモクリーナーZ(なにそれ?)を期限内に取りに行かなければならないが、デスラー(誰それ?)というワルの宇宙人が邪魔をする。ので戦艦大和型(なぜ?)の 宇宙船で戦う』という、まあちょっと地球上ではしばらく何百年かお目にかかれないような異常なシチュエーションを手短に要約した上で、さらにコスモクリーナーを期待して手を振る人・危険な旅に出るであろうから別れを惜しむ家族、それに対して強がって微笑んでみせる乗員、そんな人情ドラマまで、まるで見てきたかのようにさらっと書いている。ううむ。

さらにすごいのは、阿久悠の詩が音楽と絶妙なマッチングをしているということである。

> 君のテレフォンナンバー6700 ゥオゥ ハロー
(前出『恋のダイヤル6700』)
> 宇宙戦艦ヤ~マ~ト~
(前出『宇宙戦艦ヤマト』・サビ部の絶唱)

これだけでも一度聴いたら忘れられない、『音階のついた詩』の強さがある。だから皆がつい口ずさみ、気づいたら流行っているのだ。

無論これには、売れっ子作詞家にトップクラスの作曲家がついた、ということも一因としてあるだろう。また歌謡曲は大半曲先( = 曲を書いてから詩を合わせる)だろうから、『ヤマト』などは作曲家がサビ部分の歌詞をある程度想定したということもあるかもしれない。同様に掛け声系は歌手が現場で付け足すとかね。

掛け声といえば、効果音・擬音、繰り返し言葉の使い方もすごい。

> ずんずんずんずん ずんずんずんずん ぴんぽんぱぽーん
(『ピンポンパン体操』1975年)
> くっくくっく~ くっくくっく~ 青いと~り~
(『わたしの青い鳥』桜田淳子・1973年)
> リンリンリリン リンリンリリンリン
> リンリンリリン リ~リリリリン
(前出『恋のダイヤル6700』)
> ユッフォー
(前出『UFO』)
> きてーきてー きてーきてー サンタモーニカー
(『サンタモニカの風』桜田淳子・1979年)
> (……出て行ってくれ) あ~ぁ あ~ぁ あ~ぁ あ~ぁ~あ~ぁぁ~
(前出『勝手にしやがれ』)

まさかこれは作曲家の仕込みではないだろう。逆に曲まで詩に合わせて変えさせているのではないかと思わせる。最後の一例など、曲をもらって『出て行ってくれ』で歌詞が終わって曲が余ってしまい、そこで余計な言葉を付け足さず「あ~ぁ……」だけで7小節半、という英断(あるいは間奏部に歌詞「あ~ぁ……」を付けちゃったとか)がみてとれる。ちなみにこの部分はジュリーの踊りも有名だ。

こんなのを聴かせられて、印象に残すな、というほうが無理である。刷り込まれたお父さんは30年経って子供に教え、『ヤマト』を観たこともないような世代のブラスバンドが高校野球の応援席で演奏する。

最近の歌謡曲に、こういうインパクトはない。また昭和が一歩、遠のいた感じである。